レバノンには「フルン」という業態のお店が至る所にあります。
フルンとはアラビア語でオーブンといった意味。それが転じてマナーイーシュや、ファターイル、ラハム・ビ・アジーンといったおかずパンを売るお店のことを指します。
たいていは大きな窯が店内にあり、注文ごとに生地を伸ばして焼いてくれるので、出来立てのアツアツのパンがいつでも楽しめる、非常に便利で生活に密着したお店なのです。
どこにでもあって、どこでもおいしい、そんなフルンですが、レバノンでも有名なフルンの一つが「フルン・サバーヤー」。首都ベイルートから海岸線を北上、ビブロスの近くにあるアムシートという小さな町にあります。
幹線道路から海の方へ歩いて数分。
レバノンの雑誌や料理関係の本などにもよく登場するこのフルン、ベイルートで毎週行われるファーマーズマーケットなどにも出店している、知る人ぞ知るお店なのです。
レバノンのおしゃれなスーク(マーケット)やらおしゃれな雑誌などで見かけるお店なので、どんなにおしゃれなお店なのだろうと思っていたのですが、それは意外にも普通のお店。おしゃれなお店が苦手な私としてはホッとします。
明るくシンプルで清潔なお店。
フルン・サバーヤーはズガイブ姉妹が自宅の隣で営んでいます。
いつ訪れてもシンプルな白のTシャツで、近所の常連さんと思われる方とお話しする以外は黙々と作業。3人の動きかスムーズに合って、とても居心地の良いお店です。
メニューは他のフルンと同じような、おなじみのメニュー。
ベジミートを使ったラハム・ビ・アジーンや、全粒粉を使った生地のマナーイーシュなどは、ちょっと珍しい。
そして、このお店にしかないスペシャルメニューがこちら。
ムワッラア(ムワッラカ)という、クルミとアーモンドが中にぎっしり詰まった、パイのようなお菓子。蛇みたいな独特の形もユニークです。
パリッとした生地に砂糖とクルミ、アーモンドのフィリングがぎっしり。花水の香りがさりげない。
層になった生地はちょっと固めで、パリパリとした食感が後を引くおいしさ。
バクラワなど、一般的なアラブ菓子にも、このように薄い生地を重ねたお菓子は多いのですが、たいていはシロップをかけて仕上げてあります。このムワッラアは、シロップも、油脂も使っていない(表面に少し塗る程度)、素朴でシンプルなこのお菓子が、フルン・サバーヤーのスペシャリテなのです。
ムワッラアと言うと、アラビア語が分かる方はピンとくると思いますが、紙という単語から派生した言葉。その名の通り、紙のように薄い生地を使ったお菓子ということなのですね。
現代のアラブ菓子にムワッラアというお菓子はないと思われますが(アルジェリアなど北アフリカではパイ生地という意味で使われているようです)、2001年発行の「メソポタミアとシャーム地方の食物文明」というアラビア語の本によると、13世紀発行イブン・ハルスーン著「食物の書」でムワッラカという言葉が登場するようです。そこには「小麦粉、セモリナ、少量のすましバターで作ったラカーク(薄い生地)を重ねたもの」という記述があるようです。
フルン・サバーヤーのムワッラアは作り方が独特。
薄く伸ばした生地に、ナッツと砂糖を混ぜたものを広げ、
中心に穴をあけ、そこから外側に向かって巻いていきます。
くるくると丁寧に、折り込むように均等に巻き込みます。
巻き終わったら、ささっと縮めて完成。
表面に油を塗って窯へ入れます。
ムワッラア以外のメニューも、もちろんおいしい。
ラハム・ビ・アジーンに、
ファターイル。
焼きあがったラハム・ビ・アジーン。
ジューシーで軽くて、生地はサクサクもっちり。レモンをたっぷり絞るのがお決まり。
定番のザアタル。
ちょっと酸味があって、草っぽい香り。ちなみに単にマナーイーシュ(マンウーシェ)と言ったら、普通はこのザアタルのマナーイーシュのことを指します(たぶん)。
3姉妹のおひとり、ローレンザさんにお話をうかがいました。
お母さんのレシピをヒントにムワッラアを作り、もう20年以上もお店をやっているのだとか。
「このお店に来たくてベイルートからアムシートに来たんです」と言うと、
「ベイルートにいるのなら、わざわざアムシートまで来なくても、毎週火曜日にスーク(ハムラー通りで毎週火曜日に行われるベイルートアースマーケット)に出店しているから、そこでも買えるのよ」
「そう、最初はそのスークでムワッラアを買って、あまりにもおいしかったので、直接お店に来たかったんです!」
「そうなのね。ありがとう。今日は私はベイルートに行く日なのだけど、今週は忙しくてベイルートでの出店はキャンセルにしたのよ。ちょうどよかったわね。」とおっしゃっていました。
お店から海の方向へ。
湿度を含んだ空気と強い日差し。
ときどき中学生ぐらいの少年が遊んでいたり、おじさんが網で魚を捕っていたりする以外は人気がなく、静かな海岸がどこまでも続きます。
その静けさがむわっとした空気に包まれて、すべて物のが遠くに感じるレバノンの夏なのです。
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