【犠牲祭】イード・アル=アドハーで牛を屠る


ヒジュラ暦の12月(ズー=ル=ヒッジャ月(巡礼月))10日から13日はイスラム教にとって最も重要な祝日の一つ犠牲祭「イード・アル=アドハー」です。今年(2018年)は8月21日からでした。

この日はヒジュラ暦12月8日から始まったメッカへの大巡礼「ハッジ」の最終日です。また、イブラーヒームが息子のイスマーイールをアッラーへの犠牲として捧げた事にちなみ、アッラーへ犠牲として羊やヤギ、ラクダや牛などを屠り、この日を祝います。

(ハッジはヒジュラ暦12月8日から10日までのメッカ巡礼のみを意味し、その他の時期でのメッカへ巡礼はウムラと呼ばれ区別されています)

もちろん全員が屠るわけではなく、経済的に余裕がある人が屠るのですが、この時期になるとお肉屋さんは飾り付けをしたり、街を放牧する羊が増えたりと、何となく慌ただしい雰囲気に包まれるのです。

このイードの初日、牛を屠るエジプト人の友人のお宅でその一部始終を見学させてもらいました。

朝6時前。イード初日の早朝のお祈りのため、地域中心のモスク近くに人々が集まってきました。

神聖な空気に包まれている、というよりは、うきうき、お祭りのような雰囲気です。

犠牲祭前になると道端や中央分離帯などで売られる羊のぬいぐるみ。

私の記憶が確かなら、ここ5~6年はモデルチェンジはなしです。

おお、礼拝が始まりました。

お祈りをしている風景自体はよく見かけるので、普段は気にもとめないのですが、これだけの人数が一斉となると、圧巻です。

熱心にお祈りしている人ばかり、かと思えば、集団礼拝をバックに自撮りに夢中な人、ベストポジションからの撮影に忙しい人、焼きトウモロコシを食べながらユーチューブを見ている人(なぜ今?)、人生いろいろです。

羊の群れ。犠牲祭シーズンに限らずよく街で見かけます。この子たちはこの日を生きのびたのだろうか。

朝6時半に来てね!ということで、4時起きでやって来ました。

肉屋さんが到着し、犠牲となる牛を準備しています。

あと数分の命なのね。

「去年はラクダを屠って、ほら、ラクダって横にならないから、すんごい暴れて大変だったのよ。その前は牛が逃げたことがあってね。あれは大変だった…。」と遠い目をする友人。

足と鼻のあたりをロープで縛って、大人の男性4,5人で牛を横に寝かせます。

結構大変な作業。

家の主人(犠牲を出す人)がビスミッラー…と唱え首を絞めます。

このときばかりは周辺で見守る家族、親戚などに一瞬の緊張が走ります。

ナイフで首元をさくっと切った瞬間、鮮やかな血が大量に流れ出ます。

痙攣しているのか、牛の体はびくびくと動きますが、血はもう止まりません。

このときの画像は…、衝撃的なので掲載はやめておきました(グーグル的にもあまりよろしくないとか)。

でも、生きている動物の肉を食べているのであれば、一度はこのような屠殺の場面をしっかり見るべきなのではないかと思います。

アラブ人は日頃からこのような場面を見ているので、命を大切にして、食べ物は残しませんよ!なんて美しくわかりやすい話は残念ながらないのですが、それでも、ああ、こうやって命を食べているんだなぁ、と再認識するのではないでしょうか。

ただし、この犠牲祭の目的は、命の大切さを実感しよう、ということではないので、こういうことを考えるのは、イスラム教徒ではない者特有の現象ということになるのかもしれません。

イスラム教徒であれば、もっと違うこと、例えばアッラーを想ったりするのかもしれません。でもこれは私にはわからないことです。自分の理解や想像できる範囲を超えたことが世の中にはあるのです。

しかしながら、そういったことを自分の理解の範囲内に無理矢理おさめて、納得させ、理解した風になるという、非常に浅はかで、トンチンカンなことが往々にしてあるような気がします。

そして、一見わかりやすいからか、自分たちの常識に無理矢理当てはめたトンチンカンな話が、日本ではウケたりするんですよね。残念ながら。

話はそれましたが、血が体から出きったら、皮を剥ぐ作業です。

ここからはお肉屋さんの出番です。

皮は家庭では処理できないので、作業後にお肉屋さんに引き取ってもらうよう。

そこから、なめし革業者に買い取ってもらうのだとか。

そう言えば、うちの近所でも犠牲祭の日の昼前には、リヤカーを引いたおじさんが、「ギルド(皮)ギルド」と言いながら皮を集めてまわっていました。

大きなキズや穴などがあると買取額が下がるので、皮を剥ぐ作業はすこぶる丁寧に行っていました。

今回は黒い牛ですが、白と黒の皮の方が一般的には高いそう。

肉の解体中も、肉屋の親方が若いもんに「おーい、皮に穴開けんなよ~」なんて声をかけていましたよ。

ちなみに羊の皮だと家庭で塩水につけて、乾かせばラグとして使えるみたい。

皮を剥いだら、お腹を裂いて内臓を取り出します。

心臓に、肺に、細長いのは気管(ウルテ)…。

かなりの重労働です。

テールを処理して全ての解体が終了です。

牛とラクダの場合は最大7人(家族)まで共同で屠ることができます。つまり1頭で7人「私は犠牲を出しましたよ」と言えるのです。牛やラクダは大きい分、かなり高額ですからね。

今回は4人で屠ったとのこと。均等に肉を分けます。

羊やヤギの場合は1頭につきひとりです。

それぞれの肉を3等分し、1つは家族用、1つは知人など、最後は貧しい人へ渡します。貧しい人は直接渡してもよいし、慈善団体などへ寄付しても構いません。

ちなみに何らかの事情で1頭屠れなかったら、お肉屋さんで普通に肉を買って、それを3等分して、貧しい人に配ってもよいとのこと。

このご時世、物価の高騰などで経済的に厳しく、1頭屠るのを断念せざるを得ない場合もあるでしょう(超格差社会、階級社会のエジプトにおいて、経済的にできないことが増えるのは非常にショッキングなことだと察します。あ、でもこれも自分の常識の範囲内でおさめようとしているのでしょうか)。

エジプトの犠牲祭のごちそうと言えば「ファッタ」。

ちぎったパンに肉のゆで汁をかけ、ご飯、トマトソース、茹でたお肉をのせていただきます。

柔らかく茹でてあるものの、さっきまで生きていたお肉。非常にかみ応えがある、豪快料理。肉のうま味をたっぷり吸ったパンがもっちりしておいしいのです。

#牛タン #ケバーブ #ファッタ #米

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