【インド】ムンバイのペルシア文化
- arabfood
- 9月18日
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インドの料理というと、平たく焼いたパン「チャパティ」にスパイスの効いた料理を想像しますが、それとは全く違う料理が西インドのムンバイにありました。パールシー料理という、イランのゾロアスター教に起源を持つコミュニティの料理です。
パールシーは、7世紀にゾロアスター教を国教とするサーサーン朝が滅亡し、新たにペルシアを支配するイスラム教徒からの迫害から逃れた集団で、当時は隣国であったインド、特にグジャラート州への流入が相次ぎました。長い年月の中で、パールシーは習慣こそは現地インドになじんでいきますが、信仰は現地の宗教と同化することはありませんでした。次第に隣の州の大都市ボンベイ(現在のムンバイ)に移住するパールシーが増加、更には19世紀末から隣国イランの移民も押し寄せるようになりました。この19世紀末以降に移住してきた比較的新しい集団のことをイラーニーと呼び、彼らはゾロアスター教以外にイスラム教シーア派の信仰を持つ者も多かったのです。
ゾロアスター教はヒンドゥー教などとは違い、肉やアルコールなど、食に関するタブーはなく、ペルシャの食文化とインドの食文化の違いがありながらも、次第に土着化していったこと、それに加え、特に近代に入り移住してきたイラーニーが、労働者向けの食堂や喫茶店、いわゆる「イラーニーカフェ」を始めるようになったことなどから、一般的な「インド料理」とは一風変わった食文化を現在までも維持しています。
ちなみに、パールシー料理店やイラーニーカフェはインド全土でもムンバイや周辺地域のプネーなどに集中しています。他の町ではほとんどお目にかかれないので、ムンバイを訪れたなら、パールシー料理店は是非とも訪れたい。
パールシー料理店の老舗として有名なのが「BRITANNIA」。

1923年創業の、ムンバイでは誰もが知るお店なんだとか。
おそらく創業当時のままの店内は、少し薄暗く、しかしながらモダンな雰囲気。

一般的な「インド料理」店とは趣が異なります。
メニューは各テーブルのテーブルに置いてあるシンプルなもの。

「牛肉の提供はありません」とメニューの冒頭にあるのは興味深いです。
本来パールシーやイラーニーは牛肉を食べることにタブーはありませんが、ここムンバイのあるマハラシュトラ州は、牛肉の食肉処理や所持、販売等を禁止する法律があるとのこと(水牛はOK)。また、大多数であるヒンドゥー教徒からの視線もあるのでしょうが。
そして、メニュー下部にある、様々な注意事項。これは、ムンバイのパールシー料理店やイラーニーカフェ以外のお店でもよく見かけました。しかし、ムンバイ以外(今回訪れたのはコルカタとデリーですが)では一切見かけませんでした。これは、ムンバイ辺りの特徴なのでしょうか。
このお店のスペシャリティは、バーベリーをのせたプラーオ。

イランではプレーンなごはんにゼレシュク(バーベリー)という、半乾燥の甘酸っぱいベリーをのせることが多いのですが、まさにそれ。なんでも、ムンバイのパールシー料理店でこの料理を出し始めたのがここのお店で、今では、パールシー料理店やイラーニーカフェの定番メニューとして普及しています。
飲み物は断然パロンジ・ソーダを。

1865年にムンバイのパールシーが創業した歴史あるメーカ―とのこと。
ラズベリー味が有名ですが、レモンやオレンジ、更にはアイスクリーム味なんかもあります。
果汁は入っておらず、しっかり甘い。かき氷のシロップのようで、懐かしい味。
デザートにはキャラメルカスタードを。いわゆるクリームキャラメル、プリンです。

がっしり固く、それでいてなめらか。すごく好みの味です。インドはこういうミルク系のデザートが実に美味しい。
パールシー料理、2軒目のお店は「Jimmy Boy' Cafe」。
1925年創業の、こちらも歴史あるお店です。

どこかファミリーレストランのような、カジュアルな雰囲気。1階はケーキやベーカリーなどの販売スペースもあり、人の出入りも激しいですが、2階はエアコンが効いた広々としています。
クリスマスの飾りは時期的なものでしょうが(訪問時期は2024年12月)、ゾロアスター教の開祖ザラスシュトラと思われる人物が描かれた絵画が飾られています。
こちらのお店はメニューが多く、パールシー料理以外にも一般的なインド料理や軽食も豊富です。しかしながら、ここは当然ド定番のパールシー料理を。

目玉焼きのせキーマに、魚のバナナの葉蒸しのパトラ・ニ・マッチ、パンはムンバイではおなじみのふっくら厚めのパウ。
キーマはひき肉をトマトやスパイスなどで炒めたもの。パールシー料理以外でも見かけますが、特にイラーニーカフェでは朝食メニューとして人気なんだとか。それに合わせるのは決まってパウというパン。インドと言えば平たいパンなのだけど、ムンバイではこのパウも食卓に、軽食にと本当によく見かけました。
このパンは元々はポルトガル由来で、ゴアを経由してムンバイに持ち込まれたもの。当初はイーストが手に入らず発酵に苦労したのだけど、ヤシから採れる樹液を元に発酵させた酵母でパウ作りを成功させたようです。

チャパティなどの薄いパンとキーマも合うけど、パウのふんわりやわらかい部分にぎゅっとキーマのグレイビーを浸み込ませるのが最高においしい。
マナガツオに緑色のチャトニー(チャツネ)をたっぷり塗ってバナナの葉で包み蒸したパトラ・ニ・マッチは、パールシー料理でもっとも華のある料理かもしれません。

Anahita Dhondy著『The Parsi Kitchen: A Memoir of Food & Family』によると、このパトラ・ニ・マッチは、実は現代ではお祭りなどの特別な日や豪華なディナーの料理という雰囲気で、家で作る人はあまりいないとのこと。家庭での魚料理と言えば揚げ魚の方が一般的なんだとか。しかし、パクチーやミント、ココナッツなどをペーストにした緑色のチャトニーは、パールシーの家庭では必需品で、サンドイッチなどの軽食などによく使うのだそう。

バナナの葉を丁寧に開けると、爽やかな香りとむわっとした何とも言えない香りの中から、見るからにしっとりした魚が登場します。
濃いグリーンから想像する味とは全く違うほんのり甘い風味。ココナッツの味わいなのか、いや、でも確実にパクチーやミント、青唐辛子の緑の味も健在。魚は驚くほどしっとりで、それなのにぎゅっとかみしめる味わいもある。病みつきになるとか、中毒性のある味だとか、そういうどぎつい味ではないのだけど、なんだかすごく気に入って、日本でも時々作るほどになりました。
ちなみに現在(2025年9月時点)では、Jimmy Boy' Cafeは建物の老朽化のため閉店しているようです。
最後はイラーニーカフェの「Cafe Irani Chaii」。

ムンバイに2店舗あるこのお店、ムンバイ北部のMahimという地区にある、こじんまりした方のお店にやってきました。
ムンバイのイラーニーカフェは一時期は500店もあったと言われ、まさに生活の一部として町に溶け込んでいたようですが、現在は30店以下になったと言われています。
そんな減少の一途をたどるイラーニーカフェですが、この「Cafe Irani Chaii」は2015年にオープンした、まさに「最新」のイラーニーカフェなのです。

新しいイラーニーカフェながら、インテリアは伝統的で典型的な雰囲気。
鏡張りの壁やサモワールで入れるチャイ、そして、「レジ係に話しかけない」「大声で話さない」など、「店のルール」がずらっと書かれたボード。とってつけたような「レトロ風」ではないのは、オーナーの祖父は19世紀末にイランのヤズドからインドに渡り、その後、ムンバイで多くのカフェや食堂を経営してきた家系だからでしょうか。
飲み物はアイスクリームソーダを。

てっきり日本のクリームソーダのような、アイスクリームがのったものを想像していたら、アイスクリーム味のソーダでした。なかなか新鮮。
ここでも定番のマトンキーマを。本当はパウを合わせるところなのでしょうが、クミンライスを。

さらさらするするお腹に入る軽いお米に、時々カリッと感じるホールのクミン。濃厚なキーマにはレモンを絞るとぐんと爽やかに。
食後はもちろんイラーニーチャイ。

街角で飲むチャイも美味しいけど、より濃厚なイラーニーカフェのチャイは、初めて訪れた外国人旅行者にも、どこかノスタルジーを感じずにはいられません。


















