アラブのお菓子といえばなんだろうと考えてみると、真っ先に思いつくのが、ナッツとシロップがたっぷりのバクラワだと言う人が多いのではないでしょうか。オスマン帝国時代のトルコで現在の形に発展したと言われるバクラワは、少しずつ形や名前、製法などが違いますが、アラブ中東のかなり広い地域で食べられていて、アラブ菓子の王様と言っても過言ではないでしょう。
では、それよりもずっと前の時代はどんなお菓子が食べられていたのでしょう。
今とおなじようなもの?全く違うもの?
ちょっと気になって13世紀のアラブの料理本をめくってみました。
1226年に完成したムハンマド・バグダーディーの「料理の書」は、全10章で構成されており、お菓子に関しては第9章「甘菓子(ハラーワ)」と、第10章「カターイフなど小麦粉菓子」にまとめてあります。
著者のバグダーディーの生涯は不明のようですが、バグダードで生れ、有力者の書記の仕事をしていたとされています。
ただし、この本は彼が書記の仕事として完成させたというわけではないようです。
前書きには、自分好みの料理を選び、既に有名な料理は省いたと記されています。この時代の多くの書物にあるような宮廷の様子の記録ではなく、あくまでも自分自身の為の記録というのは、宮廷以外の一般生活(に近いもの)の様子がわかる、非常に興味深いものではないでしょうか。
ちなみに現存するアラビア語で書かれた最古の料理書は、このバグダーディーの文献よりも200年ほど前の10世紀後半に完成したものとされています。
今回はこのバグダーディーの本の中から第9章に掲載されている「ムカッファン」というお菓子を再現してみました。
ムカッファンとはアラビア語の「カファン(死体を包む布)」から派生した言葉で、インターネットで画像検索すると、ちょっとあんまり見たくない画像が。
ムカッファンというお菓子は、私はこれまで見たことも聞いたこともなく、知人のエジプト人やシリア人なども誰一人として知っている人はいません。
調べてみると、チュニジアには「ムカッファン」という言葉が現在でも料理などに使われているようです。ただし、特定の料理名ではなく、何かを何かで包んだ料理という意味のようです。他にはチキンを生地で包んで焼いたものも一部地域でムカッファンと呼んでいるよう。
とにかくお菓子としてのムカッファンは現在は存在しないようです。
13世紀のレシピを要約すると…
1ポンドの砂糖と3分の1ポンドのアーモンドかピスタチオを細かく砕く。バラ水で捏ねる。
1オンスのごま油を鍋に入れ、半ポンドの砂糖を溶かし、シロップを作る。
ごま油が沸いたら、3分の1のシロップをそれに加えよく混ぜる。
1オンスのスターチを水に溶き、粘りが出るまでよく混ぜる。
タイルの上に出し、冷えるまで置く。
延ばし、手のひらサイズの四角に切る。
砂糖とアーモンドを練った物を置き、包む。
風味を付けた砂糖をまぶす。
とあります。ざっと見た感じではマルバンのような生地で、砕いたナッツを包む感じでしょうか?
ちなみにごま油は、日本でよく使うタイプ(焙煎された、茶色く香り高いもの)ではなく、焙煎せずに絞った透明なタイプ(太白油?)です。
古いお菓子のレシピなどに登場しますが、現在は家庭で日常的に使うということは普通はないです。
今回は普通のひまわり油で代用しました。
このレシピの分量だと多すぎるので、少し減らして作ってみることに。
まずはナッツと砂糖をフードプロセッサーで挽きます。
今回はクルミを使いました。バラ水の分量は書いてありませんが、全体が湿って、手で握ったときに固まる程度に加えました。砂糖とナッツの分量が逆かと思ったのですが、100回ぐらい見直してもこの割合でした。
ごま油と砂糖を煮溶かしてシロップを作ります。
水と砂糖で作る普通のシロップの場合もそうですが、このときは絶対に混ぜてはいけません。砂糖が溶けなくなります。軽く鍋を揺する程度にしましょう。
水のシロップのときよりも、油に砂糖が溶けにくくちょっと焦ります。油はどんどん色づいて、煙がうっすら出ます。
砂糖が完全に溶けたら砕いたナッツに3分の1加えます。
当たり前ですが、シロップがすぐ固まるので、手早く混ぜます。
予め用意しておいた水溶きスターチを加えます。
水と油が混じってはねるのと、急いでかき混ぜないとダマになるので、スターチを入れた直後の写真は撮れませんでした。
ブルンとひとかたまりになったら、オーブンシートの上に出します。
さあ、あとは砕いたナッツを包むだけ…、と思ったのですが…。
冷えると成型できないんです。かといって熱いうちはちょっと触れない。何せ油なので。熟練職人なら手早くできるのでしょうか。
苦し紛れにナッツを具にして巻き寿司のように巻いてみました。
カラスミじゃないですよ。
巻きすで巻いてみました。
2回目は型に入れてみました。
アルメニアの蚤の市で買ったお気に入りの。クルミ型の焼き菓子用です。
これならなんとか成型できる温度のうちに作業できます。
最後の手順の砂糖をまぶすのは省略しました。
材料はほぼ砂糖なのですが、思ったほど激甘ではありません。が、ほぼ砂糖味です。食感はグミのよう。ほんのりバラ水の香りを感じ、中身のクルミの風味もするにはしますが、砂糖のシャリシャリ感が勝っています。生地はべっ甲のような色をしていますが、砂糖が焦げた色ではないのでいわゆるカラメルでもありません。中身のナッツの割合を増やせばイケるかも、なんて思います。マジパンのように完全にペーストにするのかもしれません。
宮廷料理ではない、とのことですが、これだけ砂糖を使うお菓子、やはりちょっと高級だったのかなと思います。
当時はどんな形や大きさで、どんな器に盛られて、どんな音が聞こえていたのだろう、と考えると、こういうお菓子もなかなか楽しいものです。